時計についてのいろいろをお話する、ちょっとためになるブログ。

幻の時計メーカー

みなさん、こんにちは、社長の田村 眞でございます。
いつも【tamtime】をご利用いただき、誠にありがとうございます。
日ごろのご愛顧に心より感謝申し上げます。

今回は、店長の田村 豊に代わりブログを書きましたのでご紹介させていただきます。

先日、倉庫で探し物をしていると、なにやら古びた箱を見つけました。
埃をはらい、蓋を開けると。。。!!! 思わず我が目を疑いました。
な、なんと「Takano」の時計たちがズラリと並んでいるではありませんか!?
「Takano Chateau」「Takano Precition」が24ヶも出土しました。
(あえて「出土」と表現しました。)

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「倉庫からの出土品!」

幻の時計メーカーと言われる「Takano」。国産時計ファンなら一度は耳にした名前ですよね。
「高野精密工業」は1957年(昭和32年)から1961年(昭和36年)の4年11ヶ月という短い期間、
腕時計の生産を行っていた愛知の時計メーカーです。

ドイツ・ラコー社のムーブメントを手本にオリジナルムーブメントを製造し搭載しておりました。
1959年の「伊勢湾台風」の直撃を受け、工場が水没。多大な損害がその後の経営危機をもたらしたと言われております。

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「Takano」の時計たち

私の父である、弊社創業者の田村 亨先代社長に尋ねてみた。
「理研工学工業」が「高野精密工業」を引き継ぐ形で「リコー時計」が誕生、その当時、
リコー時計の手巻式ムーブメントの量産組み立てを弊社「田村時計工作所」が請け負っていたとのこと、昭和38年頃のことです。
その頃、営業部から商談サンプルとしてのダミーモデル製作の依頼を受け、作成した中から、
弾かれた残骸をもらった記憶がある、とのことでした。
田村先代社長は、それはそれは懐かしんでおりました。

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「Takano Precition」     「Takano Chateau」      「初めて見る角型ケース」

その時計たちを解体すると、ケースの中にはコルクが詰まっておりましたが、
いくつかの時計から「TAKANO」と刻印されたラコー型のムーブメントが現れました。
ただ残念なのは、ムーブメントからは輪列が外されており、時計として機能する固体は
ひとつとして残っておりませんでした。

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「ラコー型ムーブメント Cal.No.122 」

この時計たちを眺めながら、我が「田村時計工作所」の歴史の1ページを垣間見ることが出来ました。

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